キセノンガンマ線検出器開発グループ


1. キセノン (Xe) とは


 キセノンは、原子番号54の元素で元素記号Xeと書かれる物質です。通常、気体として存在しますが、大気中には0.087ppm(part per million)しか存在しません。1898年にラムゼーとトラバースによって発見された極めて稀な気体で希ガス(Rare gasあるいはInert gas)と呼びます。希ガスには5種類の元素があり、それぞれHe(ヘリウム),Ne(ネオン),Ar(アルゴン)、Kr(クリプトン)、Xe(キセノン)と表記されます。従って、キセノンは希ガスで最も大きな原子番号を持ったものと言えますが、実はさらに大きな原子番号を持つRn(ラドン)も希ガスの一つで、天然には質量数が、219,210,222の短い半減期(順に3.96秒,55.6秒,及び3.824日)を持った3種の同位体が観測されており、安定な同位体は存在しません。また、キセノンには13種類の同位体(Isotope)があり、質量数(陽子数と中性子数の和)が、124から136までありますが、質量数125、127、133、135の4個の同位体は皆放射性同位体(Radio-isotope)で半減期(Half life)は短く、天然には9個の安定な同位体が存在します。



2. キセノン (Xe) ガス検出器(研究背景)

 私たちの研究室では放射線検出器について研究しています。四つある研究グループの一つがキセノンを用いた放射線検出器について研究しています。キセノンは、温度が下がるに従って気体から液体、液体から固体へと変化します。従って放射線検出器にどの相のキセノンを利用するかによって気体、液体、及び固体キセノン放射線検出器が考えられます。気体を用いる放射線検出器では、常圧付近の気体では、電離箱、比例計数管、比例蛍光検出器などが、高圧では電離箱などが開発、研究されてきました。液体では、電離箱、蛍光検出器、サンプリングカロリメータ等が開発研究されてきていますが、固体放射線検出器は、開発研究の準備段階というところで、まだ存在しません。

私たちは、放射線検出器に何故キセノンを用いようとしているのでしょう。それには幾つかの理由がありますが、特に

  • 放射線と物質との相互作用(放射線が物質に入射し、次第にそのエネルギーを物質に与えながらエネルギーを失って止まる)には、主に電離作用(Ionization) と蛍光作用(Scintillation)の二つがあります。電離作用では多数の電子・イオンの対が作られ、電場の下では電子・イオン対をそれぞれのグループ(負の電荷をもった電子グループ及び正の電荷をもったイオングループ)に分離して電荷量を観測することができます。蛍光作用では極めて短い時間(数ナノ秒)に真空紫外領域の波長(中心が約175nmで幅約10nm)を持った多数の光が放出され、これを信号として利用できます。即ち、キセノンではこの二つの作用による信号の同時観測が出来ることが最も重要な特徴となります。
  • 気体、液体は放射線損傷に強い(強い放射線で照射されても検出器の機能が損な われることがない)。また、気体、液体であるために放射線検出器の形状、大きさは自由に決めることができます。ただし、液体の場合にはキセノンを低温に保つクライオスタット(低温制御装置)が必要です。

等の他の物質では得難い特徴を生かすことができるからです。

私たちは、「何を探求するために」あるいは「どのような利用、応用を考えて」、キセノンを用いる放射線検出器を開発研究しているのでしょうか。

今、物理学(Physics)や宇宙物理学(Astrophysics)の世界ではどのような研究が進められているのでしょうか。キセノンを用いる放射線検出器はそのような研究にどの様に係わって行くのでしょうか。
一つは、原子核(Nucleus)の二重ベータ崩壊(Double beta decay)、特に中性微子(Neutrino)の放出を伴わない二重ベータ崩壊(Neutrinoless double beta decay)の探査です。この様な崩壊を起こす可能性のある原子核は中性微子探査のマイクロ実験室とも云われ、中性微子の性質(デラック型かマヨラナ型、質量を持つか否か、どのくらいの質量を持つか)を調べる唯一の実験室となります。この様な原子核の一つに質量数136のXeがあります。しかも、天然のキセノンにはこの同位体が8.9%含まれているし、さらに同位体濃縮も可能です。もう一つは、暗黒物質(Dark matter;DM)の探査です。宇宙はあらゆる種類の電磁波(光はその代表)を放出も、吸収もしない物質(Dark matter)で満たされており、その存在は重力の効果の観測によってのみ推論されます。いま宇宙の一定の平均質量密度を考え,中心より半径rに位置する球殻が外向きにある速度を持っていたとすると、球殻の単位質量あたりのエネルギーは運動エネルギーと重力によるポテンシャルエネルギーの和となります。エネルギー保存則より、このエネルギーが正ならば膨張、負ならば収縮します。そしてこのエネルギーがちょうどゼロとなる場合の平均質量密度を、臨界密度と云い、
ρc=3H02/8πG
と書かれます。ここでH0はハッブル定数(Hubble constant),Gは重力定数です。  通常の物質(核子と電子で構成されるBaryonic matter)の密度は、臨界密度の4%、DMは約23%と思われています。DMには種々の候補があるが、WIMP(Weakly interacting massive particle)といわれているDMが世界各地で探査されています。キセノン放射線検出器は、医療分野でPET(Positron emission tomography)の開発研究が進められています。陽電子は物質中の電子と反応して、エネルギー510keVの2個の消滅γ線(annihilation gamma-ray)を反対方向に放出します。2個のγ線を2個の検出器で同時計測されると、陽電子は2個の検出器を結ぶ線上で消滅したことになり、また、他の陽電子の消滅が別の検出器対で検出されると、これを結ぶ線と先の線との交点に陽電子群があったことになります。即ち、患部に注入した陽電子の位置を知ることができます。



3. キセノン放射線検出器開発研究グループの研究姿勢

先に述べた基礎物理学上の問題探求や医療分野での応用は、キセノン放射線検出器開発研究の次の段階で進められるべきものです。即ち、開発研究の段階では、放射線と物質との相互作用により発生する電離作用、発光作用、さらにその結果生じた電子・イオン対の電場下での分離、輸送における電子の移動速度、移動中の拡散、収集電子の電荷量、あるいは発光光子数や電子・イオン対数と入射放射線のエネルギーとの関係、等などを調べる放射線物理をはじめ、種々の放射線検出器の設計、試作、動作テスト等を行い、次の段階への道筋を探求します。

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早稲田大学理工学術院理工学研究所
長谷部研究室