太陽系の惑星、小惑星、月、隕石物質中の元素組成の測定を通して、太陽系の初期形成史とその進化についての研究を行なっています。特に、月・惑星の原始太陽系内での形成過程、惑星におけるコア・マントル・地殻などの層構造がどのようにしてできたのかという分化機構や、惑星の内部構造などの問題を研究しています。
太陽系を構成する物質の中には、太陽系形成時の記憶を留めた始原的物質が残っています。ただし、地球の内部には大きな熱源があり、絶え間ない地殻変動の中で始原的な地殻情報が失われています。一方、月は天体サイズが小さいために進化が初期段階で終焉し、過去の状態を現在に留めています。さらに、隕石のような小惑星は多少熱源を内蔵しても表面から熱をどんどん逃がしてすぐに冷え固まってしまうために、太陽系ができたとされる45億年前当時の様子を維持しています。小惑星を起源とするような隕石を調査することで、我々は太陽系形成初期の重要な情報を得ることができるのです。
月・惑星、隕石、宇宙塵などは、原始太陽系ガス星雲から現在の太陽系にいたる天体の進化の過程を記録している物質であり、地球上の岩石には、太陽系が生まれたとされる45億年前の岩石は発見されていません。鉱物としては43億年前、岩石としては40億年前が最も古い年代です。月や隕石の研究は、このミッシングリンクを解決する重要な役割をも果たすと考えられます。
太陽系内の天体の進化の断片を記録した月・惑星・隕石物質の探査は、惑星物質科学として融合した宇宙物質科学という新しい学問領域を構築しつつあります。これまで光学観測、電波観測が主体であった宇宙科学の中に、宇宙物質科学という学際領域の確たる学問体系が生まれるに至っています。
地球がどのような物質でできており、どのような過程を経て現在のように至ったのかという問題があります。この問題を解決するには、地球そのものを探査し、情報を集めるという直接的な手段があります。地球は、46億年前に誕生しましたが、その後の地殻変動や雨による侵食などで、40億年以上前の形成初期の情報を失っています。そこで、比較惑星科学の観点から地球外の惑星物質から地球の原物質や進化につながる情報を得るという考えがあります。そこで我々は地球と同じ固体惑星であり、かつ大きさが比較的小さいために熱的進化が早期に終了し、形成初期の情報を多く残していると期待される月に着目しています。つまり、月の起源や進化を解明していくことにより、固体惑星の原物質や形成過程の情報を得られるであろうと考えています。
月は、大気も磁場もほとんどないので、太陽からの高エネルギー粒子、原子、原子核が直接注がれています。レゴリス(月の表層物質)に含まれるガスの中には、太陽に由来するものがあります。多い順に、水素、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトンとなっています。レゴリスは、長期に渡ってつくられているので、古代の太陽の情報を含んでおり、その情報も得られるかもしれません。
また、人類が将来宇宙に進出した場合、月の資源を利用することになると思われます。その際の月の利用可能性を調査する必要もあります。つまり、月の具体的かつ、定量的な情報を得る必要が出てきます。
月は、太陽系の衛星の中で母惑星と比較した時、その相対質量が大きいこと、地球に向いた面では海と呼ばれる地域が多く、その反対側の面では高地と呼ばれる面が大部分を占めているのが大きな特徴です。この月の起源については、火星並の大型の天体と原始地球とが衝突し、その際放出された衝突物質からその大部分が形成されたとの考えが有力ですが、まだ検証すべき点も多いです。また月の進化についても現在の重要な研究課題です。
月については探査機を打ち上げるまでは、地上から光学観測、電波観測が行われてきましたが、20世紀後半からは実際に探査機を月に送り、多くの情報を得ることができました。
2007年9月14日、日本初の大型月探査衛星がH-UAロケットによって打ち上げられ、2009年6月まで観測が続けられました。かぐや(SELENE)計画と呼ばれるこのミッションは、アポロ以来最大規模の月探査として世界中から注目を集めました。衛星には15種類の観測機器が搭載されており、月の起源と進化の解明と将来の月利用に向けての基礎データを取得することを主な目的としたプロジェクトです。我々の研究室は、かぐやに搭載されたガンマ線分光計(KGRS)の開発とそれによって得られた観測データを用いて、月表層の元素組成分布を明らかにしてきました。かぐやのガンマ線分光計は今までの月探査で用いられた検出器に比べ、性能が格段に優れており、月全球の元素濃度分布を高い精度で決定しました。
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「提供 宇宙航空研究開発機構(JAXA)」 | 「提供 宇宙航空研究開発機構(JAXA)」 |
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GRSは、GRD(Gamma-Ray Detector)、CDU(Compressor Driver Unit)、GPE(Gamma-ray and Particle Electronics)、CPS(Charged Particle Spectrometer)で構成されています。我々が用いる検出器(GRD)は、主検出器であるゲルマニウム半導体検出器、副検出器であるBGOシンチレータ検出器とプラスチックシンチレーター検出器という3つの検出器で構成されています。
ゲルマニウム検出器には、陽子や中性子による放射性損傷に強い高純度N型のゲルマニウム結晶を用いており、その体積は252ccです。エネルギー分解能は1332keVで3keVであり、過去の月ミッションで用いた検出器であるNaIシンチレータ検出器の約5倍の高エネルギー分解能を達成しました。そのため月に存在する数多くの元素(Fe, Mg, Al, Ti, Si, O, Ca, K, Th, U, H等)由来のガンマ線を同定することができました。ガンマ線分光計の感度は従来の約3倍、元素識別能力は約20倍で、これまでの観測を遥かにしのぎ、詳細に月を観測できました。
BGO検出器とプラスチック検出器は、宇宙線や衛星構体からのガンマ線バックグランドを削減するために反同時計数装置として動作します。ゲルマニウム検出器の光電比は小さいので、バックグランドやコンプトン連続部の抑制を行うことにより、全エネルギーピークをより顕著にすることができます。
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ガンマ線検出器外観 | ガンマ線検出器断面図 |
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ガンマ線検出器外観 | |
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BGOシンチレータ検出器 | プラスチックシンチレーター検出器 |
下図は、KGRSの観測で得られた月面のThとU濃度分布地図です。ThとUは天然放射性元素と呼ばれ、その崩壊熱は、月地殻進化の熱源となる可能性があります。これらの元素は月表側の嵐の大洋と雨の海を取り囲む地域(PKT)に濃集していることが分かります。また、月裏側の南に位置する南極エイトケン盆地(SPAT)にも比較的多く存在しています。我々は過去の先行研究と比較して、より高精度な月面濃度分布地図の作成に成功しました。 またUの分布図については我々がはじめて世界に報告しました。ThとUは、天然放射性元素で月の熱的進化に重大な影響を及ぼしたと考えられています。これらの天然放射性元素の存在度の分布を知ることは、月形成初期の固化過程、海の火山活動など、月の熱的進化過程を明らかにするのに非常に重要です。
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Yamashita, N. et al., 2010, Geophysical Research Letters |
かぐやの観測によって、月表面の元素地図の作成に成功しました。また、かぐやの他の科学観測機器から得られたデータにより、月の内部構造についても次第に明らかになりつつあり、月の起源と進化の理解もさらに深まっています。なお、現在かぐやの後継機SELENE-2計画が進められています。次期探査は、月面に着陸し、月面走行車(ローバー)で局所的な分析を行う予定です。これは、将来の月面有人活動、月面基地建設のための基礎になると考えられています。
SELENE2では、月面に軟着陸し、月面を移動するローバーによる探査が計画されており、これによって月面の局所的な地質調査が可能となります。本研究では、このローバーに搭載予定である蛍光X線分光計を開発中です。蛍光X線分光は月面における元素分析の有力な手段の1つですが、従来の遠隔惑星探査では、十分な強度のX線を得ることが困難でした。従って、SELENE2に向けて、我々は人工的にX線を発生させる能動型X線分析装置を開発中です。
我々が手にできる月地殻の形成過程を知る手掛かりとしては、先にあげた探査衛星による遠隔探査に加えて、月の岩石試料があります。月試料と遠隔探査の情報を統合することで、月地殻の形成過程についてこれまでよりも詳細な議論が可能となります。本研究室では、実際に月からやってきた石(月隕石)の化学組成・鉱物組成を分析することで、月表層の理解を深め、かぐやから得られた、月情報と比較しながらの統合サイエンスを目指しています。
(月隕石とは)
月隕石はアポロ計画(アメリカ)、ルナ計画(旧ソ連)により持ち帰られた回収試料と同様に、貴重な月由来の岩石試料です。月隕石は、隕石衝突により月地殻の一部が、剥ぎ取られて宇宙空間に放出された後、地球の重力に引かれ飛来してきた岩石を指します。アポロ・ルナ計画で持ち帰られた試料は月の表側の限られた地域からのみ採取されたのに対し、月隕石は月表層のいたる所から無作為に飛び出し地球に飛来してきたものと考えられます。従って月隕石を研究することにより、全球規模の月地殻形成過程を議論する上で非常に有用な情報を得ることができます。
1987年南極で初めて月隕石が発見されてから、月隕石の研究が盛んに行われるようになりました。最近では砂漠から新しい月隕石が多く発見されています。ただし、月隕石の総量は未だ少なく(55.5kg)、アポロ・ルナ試料(382kg)には及びません。にもかかわらず、詳細な分析が行われていない月隕石が数多く存在しています。従って未調査の月隕石に対して新たな分析を行うことは、月地殻の形成過程を理解する上で重要な課題となります。
1)太陽研究
ダイナモ機構の可能性が、太陽の黒点及び両極地方に現れる磁場の周期的変動を解き明かす目的の下に研究されています。この機構は太陽活動の原因において重要な役割を演じているし、究極的には太陽大気上方における高エネルギー粒子の生成にも関わっています。更に、太陽フレアに伴う高エネルギー現象が、高エネルギー粒子の加速機構の解明を目的として研究されています。
2)太陽・地球関係
地球の気候条件にみられる長期変動が、太陽活動と地球気候の変動性の間に存在するかも知れぬという因果的だつながりの理解を求めて研究されています。このような長期変動が存在するなら、地球上の植生や人口に大きな影響を及ぼす可能性があります。
早稲田大学理工学術院理工学研究所
長谷部研究室 |